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 アメリカ新商業施設論 
「蘇るフェリービルディング」   
執筆=ロバート鈴木、アクセスインターナショナル代表
サンフランシスコの歴史的建造物のフェリービルディングが修復再生され、オフィスと食のビル、「フェリービルディング・マーケットプレイス」として9月にグランドオープニングする。有効な使い道のなかったウォーターフロント一帯が、このビルの再度活性化をきっかけに、再度見直されることになる。地図はこちら
 ポリティカリー・コレクトなテーマ
フェリービルディングの再生建設コストは1億ドル。これによって17万5,000スクエア・フィート(4,918坪)のリース面積を持つオフィススペースと、6万5,000スクエア・フィート(1,827スクエア・フィート)の面積をもつリテール部分が生み出される。オフィススペースは上部2層に、食を中心とするリテールスペースは一階、ストリートレベルに設けられる。


フェリービルディング外観
開発業者は、フェリー・ビルディング・インベスターズで、主要投資家はシカゴを本拠地とするイクィティー・オフィス・プロパティーズ・トラスト。その他に地元の開発会社、ウィルソン・メアニー・サリヴァン社とコンストラクション・マネージャーとなるプリマス・インフラストラクチャー社、さらにバンク・オブ・アメリカ・ヒストリカル・キャピタル・アセッツなどがジョイントベンチャーを組んだ。
フェリービルディングはサンフランシスコ湾に面して南北に660フィート(201メートル)あり、中央部分は3層分、天井までの吹き抜け空間となっている。天井はアーチ風のトラスを持ち、煉瓦造り、大理石の壁、オリジナルの大理石のモザイクフロアなどを特徴とする。これら1898年完成時のスタイルを取り残しながら、オフィスと商業施設として大リニューアルされたのである。


1890年代のデザインをそのまま残す
フェリービル内部
また他の商業施設と大きなテーマを付けて差別化するために、食関連のテナントを一階リテールスペースに集めようとした。その結果、グルメ食品店、乳製品直販店、パンの製造型小売業者、生鮮食品テナント、ワインショップ&バー、コーヒーショップ、キッチン用品店、レストランなど、食品の製造型小売業者やメーカーの直販店を目玉として、テナント構成されている。ここにはアパレルストアやギフトショップは全く存在しない。

またそれらのテナントの大半はローカルテナントが中心となり、できる限り環境保全型やオーガニック志向の、いわゆるポリティカリー・コレクト(社会的に意義のある)な食テナントが選ばれている。サンフランシスコは全米で真っ先にオーガニック・ブームが起こった所である。


全米最大のファーマーズマーケットがフェリービルディングの外で開催される。
これによってテーマの食に、さらに強いバックグラウンドが設定された。その結果ナショナルチェーンの集まる単なるフードコートと差別化でき、リピーターとなるロイヤルな顧客を獲得することができる。
 フルトン市場の教訓
サンフランシスコ市内には、カリフォルニア州で2番目の売上げをあげる商業集積、ユニオンスクェアー商店街があり、観光地のフィッシャマンズワーフには州内でディズニーランドにつぐ集客をほこる、フェスティバルモールのピア39が控えている。


チーズとミルクのメーカー
カウガールも直営店を出店
そのため、単なる専門店の集まりとなるスペシャルティーセンターでは、とても生き残って行けないとデベロッパーは考えた。そこでサンフランシスコは野菜果物の生産を中心とする農業地帯から近く、サンフランシスコが持つ観光地のフィッシャマンズワーフのイメージやウォーターフロントに位置する関係などから、食をテーマとする商業施設作りが目指された。

そして地元のオーガニック生産者や食品加工業者、またオーガニック食材を使ったレストランなどを支援するためにも、オーガニック系のカリスマシェフ、アリス・ウォーターズがこのプロジェクトにアドバイザーで参画することになった。


 アリス・ウォーターズはバークレー市にある、全てオーガニックの食材を使ったカリフォルニア料理で有名なレストラン、シェパニーズのオーナーである。彼女の選択でテナントが誘致されたために、高いレベルの店舗を集めることができた。
同様のプロジェジェクトはかつてニューヨークで、SCデベロッパーのラウス社によって桟橋と魚市場の再生をテーマに、歴史的な建物の一つが生鮮食品のビル、フルトンマーケットとしてリニューアルされている。

しかし隣接する金融街、ウォールストリートからのビジネスマンは生鮮食品を買って家に帰るわけには行かず、当然ながら観光客も生鮮食品を買い求めようとはしなかった。そしてマンハッタンに住む地元民も、地下鉄を乗り継いでまで日々の食品を買いには来なかったのである。
したがって誰にも対応することなく、幾度かリニューアルが試みられたもののこの著名なプロジェクトは破綻した。サンフランシスコのフェリービルディング・マーケットプレイスには、このフルトン市場の教訓が生かされている。                                 <続く>

 姿を現したウォーターフロント

フェリービルの最盛期には一日11万人のフェリー客がこのビルを通り抜けていった。この数字は現在のサンフランシスコ国際空港の乗降客とほぼ同じである。しかし1930年代に完成したベイブリッジがフェリーの顧客を奪っていった。そこで市はフェリービルディングをオフィスビルにリモデルする。

その後、1957年にエンバカデロ・フリーウェイが完成。この高架道路がダウンタウンやビジネス街とウォーターフロントを分断した。フリーウェイの影に隠れてしまったフェリービルディングの用途はなくなり、空になった港の建物群は駐車場として使われたりするようになった。湾岸の高架道路がウォーターフロントを分離し、水際の活気を失わせる例はその他にシアトルやボストンなどで見られる。かつて米国でも、ウォーターフロントの景観を阻害しても問題の生じない時代が存在したのである。

幸か不幸か、1989年にサンフランシスコを襲ったロマ・プリータ地震はフリーウェイに損傷を与えたために、市はフリーウェイを1991年から1992年に撤去した。撤去後、水際に向けて抜けのある広がりを見て、市民は今まで失っていたものの大切さを知った。そしてサンフランシスコの象徴として、このフェリービルディングの修復は、ウォーターフロント整備計画の柱となった。

9月のグランドオープニングを前に、ビル自体はすでに一般に解放されており、先に店舗建設をすませたテナントから随時営業を始めている。テナントは地元の有力どころを中心にということだが、例外的に日本からロックフィールド社が、RF1業態を投入する。これは物販主体ではなく、オーガニック食材を使ったメニュー開発などを目的とするテストキッチンを兼ねる。

隣接するビジネス街からの客、そしてフェリーを利用する乗降客、フィッシャマンズワーフからの観光客の流れ、全米最大の店舗数と集客数を誇るファーマーズマーケットのマグネットなどが、このプロジェクトを支えて行く。食をテーマにしながら、広域からも集客するという矛盾を、うまくテナントミックスでカバーしているのである●

すたれゆくモールの再生(全5回)   
執筆=ロバート鈴木、アクセスインターナショナル代表
リージョナルモールの10%は、業績不振で転換せざるを得ない状態になっているが、今やあるゆるカテゴリーのSCでゴーストタウン化が見られる。しかしこれらの多くは放置されずに転換され、ハウジングやオープンエアーのSCとなりつつある。廃れゆくモールは、住宅不足に悩みメインストリートを持たない都市部の周辺都市では、格好の開発材料ともなっている。
<第一回>

■SCをネイバーフッド・コミュニティーへ転換
フロリダ州オーランド郊外、ウィンターランド市にあるウィンターパーク・モールは、次第にゴーストタウン化し、ついに廃業した。しかしその後ウィンターパーク・ヴィレッジとして蘇っている。

<ウインターパーク・ビレッジの商店街>
この再生計画によって、小型のエンクローズドモールはオープンエアーセンターとなり、20スクリーンのシネコンやボーダースブックスなどが入居するライフスタイルセンターと化した。

その他チーズケーキ・ファクトリー、PF チャン、ルース・クリス、ジョニーズ・ロケットなど、アップスケールレストランも数多く入居している。そして核店舗の百貨店は、配管などをむき出しのまま転換され、賃貸住宅「ザ・ロフツ」として生まれ変わった。
1960年代から1970年代にオープンしたモールの第一世代は死滅しつつある。しかしそれらのいくつかはウィンターパークのように、メインストリート型の複合開発プロジェクトとして再生されている。モールをリサイクルし、オープンエアーのアーバンビレッジに作り替えるのである。


<1979年当時のウインターパーク・モール>
このように立ちゆかなくなった古いモールの死滅は、そのSCが位置する市や町にとって地域活性化を促す格好の材料となった。またデベロッパーにとっても、都市部でまとまった大きな土地を取得できる絶好の機会となる。さらにマクロで見れば、むやみな郊外化を抑制させルーラル立地を保存する、「サステイナブル開発」にもつながる。


<再開発で賃貸住宅のザ・ロフツとなるディラーズ百貨店>
SCの再開発によって、ウィンターパーク・ヴィレッジのように、オールドファッションな近隣社会を再生するところが多い。つまりそこに住み、そこで働き、そこで遊ぶ、自己完結型コミュニティーであり、歩行志向のネイバーフッドである。これらはコミュニティー型SCサイズの30エーカー(3万7,000坪)前後の土地で、完璧なコミュニティーをはめ込むことができる。


<1999年、完成直後のウインターパーク・ビレッジ、メインストリート>



<ウインターパーク・ビレッジ>
<第二回>

■全米各地で進められる転換計画
 これらの古いモールはすでに道路、電気、水、下水などのインフラが整備されており、フリーウェイに近く、バスや地下鉄など公共の交通機関と連動するケースが多い。
 ちょうどいま郊外居住者たちが長時間の車で通勤するのを嫌い、仕事場に近い立地に住む傾向が生まれたこともこれらのプロジェクトへの追い風となっている。
 ミネソタ州セントポール市のファーレン・センターは、ゴーストタウン化したストリップセンターを市が買い取り、更地にしてから住居、オフィスビル、店舗などを取り込むミニ複合開発を行った。SC時代に平面の駐車場であったエリアは湖に転換され、最良のアメニティーを提供している。
 コロラド州デンバー郊外のレイクウッド市では、市とプライベート・デベロッパーがゴーストタウン化したヴィライタリア・モールを撤去し、市がいままで持ち得なかった「ダウンタウン」を作り出そうとしている。
 

<ベルマー・公園>
この5億ドルをかける「ベルマー」プロジェクトの中心部にはパブリックプラザがあり、公園、ショップ、劇場、オフィス、ホテル、そして1,300戸のハウジングが計19ブロックにわたって配置されている。
 アリゾナ州ツーソン市の30年を経たパークプレイス・モールは、すぐ近くで開発されたツーソン・モールと競合できずに敗退した。その後ジェネラル・グロウス社が5,000万ドルでモールを買い取り、1億ドルをかけて大リノベーションを行った。それはまだモールの形態を持つものの、ダウンタウンのメインストリートを彷彿させるデザインが施されている。
 


<ベルマー・公園>
ロスアンジェルス郊外オレンジ・カウンティーは急速に拡大する郊外都市であり、もはや住宅開発を行う立地はほとんどない。そこですたれゆくモールやストリップセンターなどを、住宅開発を中心として再度活性化させる計画が進められている。
カリフォルニア州コスタメサ・ベースのコンサルタント会社、プランニングセンター社が3年前に調査したところ、オレンジ・カウンティーだけで700ヶ所の苦戦するストリップセンターがあったという。
同社はそこで、カウンティーの住宅問題を解決するために、それらをハウジング立地として再開発すべきであるという答申を地元行政に行っている。それらのSCのために、何百エーカーという貴重な土地をアスファルトで覆ったものの、今ではほとんど車はとめられていないのである。

<ベルマー・メインストリート>

<ベルマー・サイトプラン図>



<ベルマー・メインストリート>
<第三回>

■街作り型複合開発、「サンタナ・ロウ」 
サンフランシスコ郊外シリコンバレーのど真ん中で開発されたサンタナ・ロウは、物販施設、ホテル、ハウジングを取り込んだ複合開発であり、メインストリート型のリテールゾーンがプロジェクトの中心となる。

プロジェクトの第一期分は昨年9月にオープンする予定であったが、開業を目の前に控えた8月、工事中の建物から発生した火災によって五分の一が消失し、オープンは11月に延期された。
開発会社はメインストリート型SC開発や、商店街での商業開発を専門とするメリーランド州ベースのフェデラルリアルティー・インベストメントトラスト。サンタナ・ロウ/Santana Row はサンノゼ市郊外の7ブロックにわたる開発であり、同社にとって最大のプロジェクトとなった。

<サンタナ・ロウ、通りの真ん中に
位置するプラザ>


<サンタナ・ロウメインストリート>


<サンタナ・ロウ、
2階建ての大型ブックストア>
サンタナ・ロウの立地にはかって、コミュニティー型SCのタウン&カントリー・ショッピングセンターが営業していた。しかし次第にゴーストタウン化してゆき、最終的にフェデラル社が買い取って、更地にして一から再度開発された。

 シリコンバレーには広域型SCはあっても、中心となるようなダウンタウンがなく、ハイテク産業関連の裕福な人々がナイトライフやエンターテイメントを楽しむ場がほとんどなかった。フェデラル社はこれらシリコンバレーのライフスタイルやワークスタイルに適応するような開発を、サンタナ・ロウで実現しようとした。

 リテールの核となる店舗はボーダーブックス、クレイト&バレル、パシフィックシアターなどである。シネコンのパシフィックシアターは、アップスケールな雰囲気を持ち、館内にはバーやレストランが設けられる。4万5,000スクエア・フィート(1,265坪)の店舗面積を持つクレイト&バレルは西海岸でのフラッグシップストアとなり、同じくボーダースも2層建てのフラッグシップストアを投入している。

 しかしフェデラル社では、核となるのはこれらの物販テナントではなく、ストリートそのものと位置づけており、このリテールを配置したメインストリートがプロジェクトのデスティネーションとなる。また週末など通り沿いにファーマーズマーケットが開かれ、コンサートその他のイベントが年中開催されている。

その他の専門店テナントとして、グッチ、トッズ、コールハン、エスカーダ、セントジョンなどの高級専門店や、トミーバハマ、BCBG、また他ではまずお目にかかれないヨーロッパの珍しい専門店も導入しており、エキサイティングな店揃いが特徴となっている。

また飲食要素としては、大型イタリアンレストランのマジアーノス、チリズ、インド料理のアンバー・インディア(シリコンバレーにはインド系の技術者が多い)、フレンチのレフトバンク、パスタのパスタ・ポモドーロ、シンガポール料理のストレイツ・カフェ、スシ・レストランのブローフィッシュなどが出店する。飲食をとってもユニークなラインナップである。
<第四回>

■ リアルで自然発生的をコンセプトに
サンタナ・ロウは通りを挟んでスーパー・リージョナルモールのヴァレーフェアと向かい合っている。同SCはノードストロム、メーシーズなどを核店舗とするアップスケールSCであり、最近モールを拡張したばかりである。しかし両SCは微妙にターゲットとするものが異なるために競合よりも協調し合っており、共同で連絡シャトルバスなどを運行させている。 

プロジェクトにはホテル開発も含まれており、ヴァレンシア・ホテル社がブティックホテルのヴァレンシア・ホテルをオープンさせた。ホテルは地中海様式のデザインを持つ、214室の高級ホテルで、シリコンバレーへの出張者をターゲットとする。

 また賃貸のコンドミニアムは1,200ユニットが開発されており、商店街にそって店舗の上部がアパートとなっている。また高級タウンハウス型やロフト付き、さらにホームオフィス付きの物件も開発されるなど、ハウジングには様々なバリエーションが持たされる。

 フェデラル社はハウジングを買い取りではなく全て賃貸としているが、賃貸物件はプロジェクトの成熟とともに収入を増大させて行くからである。同社は1962年にアパートメント・リートとして発足し、1970年代にリテール・リートに切り替えている。

 駐車場は地下駐車場がメインとなり、その他に屋上駐車場が設けられる。また路上駐車もできるようになっているが、これはできるだけリアルな町の雰囲気を作り出そうという意図による。

 グリーンエリアやプラザは至る所に設けられている。一つのプラザは幅52フィート(15メートル)で130ヤード(119メートル)の長さがあり、プラザのまわりにフードコートが設けられる。しかしフードコートはナショナルチェーンの集合体ではなく、ローカルテナントを中心としたクィックサービス業態で構成される。

サンタナ・ロウの建物は自然発生的に、徐々に開発されていったようにデザインされる。したがって一人のデザイナーがプロジェクト全体をデザインするのではなく、リテールゾーン、居住区、ストリートデザインなど、各々異なるデザイン会社が起用された。

<サンタナ・ロウ、プラザ>



<サンタナ・ロウ、プラザ>



<サンタナ・ロウ、
メインストリート>


<サンタナ・ロウ、日曜日に開催される
ファーマーズマーケット>

<サンタナ・ロウ、店舗の上は
賃貸コンドミニアム>
<第五回>

■ 脚光を浴びるグレー・フィールド開発
工場立地であった「ブラウンフィールド」を再生させるのは、土壌の入れ替えや郊外対策などがからんで多くのコストがかかる。しかし旧ショッピングセンター立地は土壌の汚染問題もなく、すでにインフラも整備されているためにコストをあまりかけずに開発できる。デベロッパーたちはこの旧SC立地を「グレー・フィールド」と呼ぶようになった。

 ICSCによれば、現在50ヶ所のリージョナルモールは全くゴーストタウン化して空のまま放置されている。さらに倒産したKマートや、精算され消滅したモントゴメリーウォードなどを核店舗として抱えているミッドサイズのSCも戦々恐々としている。
 リージョナルモールの50は空だが、あと100ヶ所もゴーストタウン化を歩んでいる。そしてそれらを含めて計500ヶ所のリージョナルモールは、いまや全く存在理由を持ち合わせていないという。

 ウィンターパーク・モールは中部フロリダのアップスケールな立地で開発された、全米でももっとも早くから空調をきかせたエンクローズドモールであった。しかし隣接するオーランド市周辺で次々と巨大モールが開発されてゆき、競合のなかで低迷していった。

 そこでモールのオーナーはマイナーなリニューアルで再生を図ろうとしたが、市の開発局がそれを認めず、他のSCとは違った形で差別化できるような開発を勧めた。

 そして市が持つメインストリートのパーク・アベニューと協調するようなプランを、市が提案した。ウィンターパークは1800年代後半に作られた裕福な避寒地であり、オールドファッションな商店街を持っていた。

 市はパーク・アベニューの再開発に600万ドルを投入し、商店街のオーナーたちも200万ドルを拠出して、通りを煉瓦作りにするなど、活性化に努めた。そして古い映画館も修復され、ポタリーバーンなどの著名な専門店も入居している。

市はドーバー・コール&パートナーズ社を雇い、モールの再生計画を委託している。そして核店舗であったディラーズ百貨店は、58戸のロフトからなる居住区、ザ・ロフツとして生まれ変わった。ロフトの賃貸料は月1,150ドルから3,000ドルとそこそこの額だが、常時満杯とのことである。

 どの郊外都市にも半ばゴーストタウン化したSCはごろごろ存在するが、人々は当たり前のようにそれらを忘れ去っている。しかしもちろんそれらコンクリートの箱のような、ふるぼけたSCの存在を好ましく思ってはいない。

 長年にわたり、モール開発は巨大な閉鎖型タイプが主流であり、それらは巨大な駐車場に取り囲まれ、孤立する要塞然としていた。いま米国のSCはオープンで、街並みセッティングを備えた、ヒューマンスケールを持つSCに生まれ変わろうとしている。これにはライフスタイルセンターというSCカテゴリー名がつけられたが、いまやモール再生での主要なエレメントとなりつつある●
中心市街地活性化プロジェクト「シティ・プレイス」 
執筆=ロバート鈴木、アクセスインターナショナル代表
   
フロリダ州ウェスト・パームビーチ市の中心市街地のSC化は、民間と行政によって成し遂げられた複合開発の成功事例である。これによって1980年代初期には荒廃し、死に絶えつつあったダウンタウンは見事に復活した。
<第一回>

■ 市が強力に後押し

 ウェスト・パームビーチ市は、隣接する裕福なパームビーチ市へのサポート都市であり、低所得者が多く、廃墟のような建物が並ぶダウンタウンを持っていた。またFBIによって、全米の中都市で最も犯罪が多い町と烙印を押されたほどであった。


--かつては歴史的建築物であった教会
現在は劇場となっている。--
そこで1980年代半ばに、デベロッパーのデイビッド・パラディノとヘンリー・ロルフが、26ブロックにわたる中心市街地の土地を計240の所有者から買い集め、再開発に乗り出そうとした。買収額は5,000万ドルに及んだ。

 市はデベロッパーのマスタープラン、「ダウンタウン/アップタウン」計画を承認する。その後すぐに再開発プロジェクトはスタートされた。歴史的建築物である教会を除いて建物は全て撤去され、更地となる。しかし1990年初頭の不動産バブルの崩壊によって、苦境に陥ったデベロッパーは所有地を手放さざるを得なくなった。そこで市が2,000万ドルで買い取ることになる。

1991年に新たに市長に選出されたナンシー・グラハムが、ウェスト・パームビーチ市の中心市街地活性化プラン、「シティ・プレイス」を再度強力に推し進める。この72エーカー(88,000坪)のプロジェクトの開発は、市のオリジンでもあるクレマティス通りから着手された。


--パリのオペラ座のデザイン    
         をまねたシネコン--
この通りは市の背骨となりながら、商業はすでに死に絶えたも同然であった。グラハム市長はこの通りをコアに据えながら、すでに手当した広大な空き地と連動させた開発を行おうとした。

そのため開発計画を修正し、開発規制の見直しも行い、新たにプロジェクトチームを選出している。そして市が持つ開発立地に対する開発申請を受け付けたが、その結果オコナー社とパラディアム社の合弁企業がコンペを勝ち取り、サイトを75年間にわたり市からリースすることになった。両社とも本拠地はニューヨークである。


−−シティプレイスのマップ--
パラディアム社が選ばれた理由は、その多目的利用にあった。プロジェクトがうまく稼働するには商業だけではなく、その他の要素も必要だと市は理解していた。デベロッパーのプランはここにリテール、住居、娯楽視察、文化施設、オフィス、ホテル、そして会議場を含めた複合開発を行うというものであった。当初荒れ果てたウェスト・パームビーチの中心市街地で、このような高度な開発が始まるなどとは、誰も創造できなかったという。

 また市は5,500万ドルを税金その他から拠出し、立体駐車場、造園、公共部分の改善に努めた。さらに開発を阻害する諸々の規制に対して、スムースに許可取り出来るように最大の協力を行っている。
<続く>

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